57.茜(暗い赤、アカネで染めた色)


茜色の空を…
多分 あの仔は見ることはなかった

今朝 出勤途中になにかの死体を見た。
さっと通り過ぎてしまったから、それがなんだったのか分からないけれど。
多分、車に轢かれた小さな猫。
帰り道、暗い夜。
死体はどこかに捨てられたのか残っていなかったが、血の後だけが街灯にうっすら照らし出されていた。
轢いた人間は知らないだろう。
それが何で、どうなったかなど。
おそらく気にも留めないのだ。

あの仔がどうやって死んだか、本当は分からない。
人に聞き回って知ったのは、道路端に死んでいた猫を川に流したのだと言うことだけ。
前夜、地元の花火大会だったその日、うちで飼っていた三毛猫が失踪した。
名前はチコ。
朝ご飯の時間になっても戻らないので探していた。
「死んだ猫を川に流したって」
猫を一緒に探していた近所の少年がそう言った。
それだけではまだチコだとは分からないのだが、少年も私も分かってしまった。
「探そう」
そう言ったのは「チコじゃないかもしれない」という望みのためではなく、ちゃんと葬ってやらねばという気持ちからだったように記憶している。

捨てたという川にそって死体を探した。
その川は大きなものではなく、子供でもジャンプしてまたげる程の幅のものだ。
しかしそこそこの深さがあり、流れもある。
ザリガニを探したりする馴染みの川だったが、どこに繋がって海まで流れていくのかははっきりと知らなかった。
半分冒険のような、けれど悲しい気持ちで川を辿った。
住宅地に入り組んでいく川を自分の足と自転車で懸命に辿る。
少年は海辺を探していた。
だから、見つけたのは少年だった。

チコは船着き場に打ち上げられていた。
「変わり果てた姿」とはこんなふうなのだと知った。
しなやかな体躯、鼻にかかったような甘えた鳴き声、ふさふさの柔らかい毛、丸いひとみ。
それらは面影さえなかった。
硬く、冷たくなった体は水を吸って膨れていた。
瞳も飛び出し、口元から内臓が見えている。
私は触ることが出来なかった。
ゴミ袋を持ってきた祖母が、死体をそれにいれた。

そのまま自転車に乗り、死体を埋めに行った。
後で人に聞いた話だったが、猫は大きな音を聞くとパニックを起こすことがあるという。
チコは賢かったので、普段なら道路に近寄らない。
この辺りの猫達は車が危険だと知っているのだ。
去年もその前の年も聞いているはずの花火の音にどうしてパニックになったのかは分からない。
けれど、多分驚いて道路に飛び出し、車に轢かれてしまったのだろう。
死体を埋めたのは、大きな川の河口だった。
前に飼っていた猫が死んだ時も、そこへ埋めた。
そこはそう言う場所だった。

帰り道「もう猫は飼わない」と祖母が言ったのを覚えている。
一匹目がねこいらずを飲んで死んだ時も同じことを言った。

その後、成りゆきでもう一度猫を飼うことがあった。
その猫も去年死んだ。
毒でも事故でもなく、老衰だった。
長生きしたこともあって、ちゃんと葬儀をあげてやったそうだ。
私が地元に戻る一月前の出来事だった。

私の猫の思い出はその死と一緒にある。



※無断転用・転載を禁じます。