58.瓶覗き(藍染めで、染めの回数が少ないときの色、ごく薄い藍色)


… …暗闇に 手をのばす……

暗い水面を覗き込む どこまでも落ちていきそうな深い闇

その水面には色がなく ただ 形なくたゆたう

つかみ所もなく 迷うもの全てを飲み込んでいく

もがいても 支えになるものも感じられない

ただただ水は重くのしかかり 熱を奪い取り

私を深く深く沈めていく

光を捕らえることさえ出来なくなった瞳からは

涙がとめどなく溢れる 嗚咽はいつしか叫びに変わる

光なき世界に 迷う 惑う

私はどこへ進めばいい?

私は何を信じればいい?

誰に認められることもなく

自分自身ですら信じられない

私がここにいる意味を 生きているという価値を

感じることが出来ない

暗い水底に辿り着けば こんな迷いも 恐れも 不安も全て

消してしまえるのだろうか 楽になれるのだろうか

私はどうしたらいい?

暗闇に手をのばす 誰か助けて

この暗い 光なき水の中から どうか連れ出して

叫ぶ

声を絞り出して 喉が引き裂かれるほどに

そのとき
何かの声が聞こえた

小さなおびえる魂を拾い上げて… …

目を覚しなさい

貴方の暗闇は 貴方のまぶたの裏にある

素直な心の声を聞き

その両目を開きなさい

誰しもそのまぶたの裏に

自分だけの暗闇を持っている

それを閉ざす時

人は孤独に捕われる

恐れ 不安

それは暗闇とともに訪れる

目を覚しなさい 目を開きなさい

そして初めに目に入ったものを選びなさい

暗闇をまぶたの裏から取り去ることは出来ずとも

それをしまう術を

人は誰しも知っているのだから

声を張り上げ 涙を流して泣くことを

人は生まれた瞬間から知っているのだから

暗く冷たい水面に 貴方が囚われているのなら

それは貴方の涙でしょう

流すことが出来ずに たまり溜まった貴方の涙

すっかり泣いて 流し去ればいい

さあ 気が済むまで泣けばいい

暗闇に手をのばす

さあ 泣きなさい

恐れることはない

恐れるものなどない

ただ

私は歩き続ける

見上げる春の空は霞み

瓶覗きのような

淡い水色をたたえていた


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