75.錆色


錆び付いたナイフが一本
手の中に在る

それをどこで手にいれたか
いつから持っているか
もう思い出せないけれど
ずっと肌身離さず持っている

そして 時折取り出して
研ぐことにしている
でないと気付かないうちに錆び付いて
使い物にならないからだ

砥石に水を打って
研ぎはじめる
誰から教わったわけでもないが
このナイフの研ぎ方は知っていた

一心に研いでいると
いろんなことが心を過る
…割とネガティブなことが多い
人を傷つけたこととか
裏切られたこととか
何かを無くしたこととか
すべてナイフに関わること

このナイフを持っていることで
人から遠ざけられることもしばしばだった
ナイフを見せても反応はばらばら
好意的な人はあまりいない
それが嫌でナイフを捨てようかと思ったことも
幾度かあったと思い出す

でも捨てられなかった
だってこれは俺だけが持っているのもの
世界にひとつしかない 俺だけのもの

錆色だったナイフが 銀色の輝きを取り戻しはじめる
こうやって研いでいると ますます
捨てるなんて考えられなくなる

このナイフには鞘がないから
懐にいれておいたり
時折取り出したりすると
他人を傷つけたり
時折自分を傷つけることもある

自虐的なんじゃない
ただひたむきなだけ

誰にだって あるんじゃないかな
捨てられないものってさ
それが醜かろうが美しかろうが
他人がいくら理解に苦しもうが
自分にとっては大事なものって
俺はたまたまそれがこのナイフだったってだけの話

俺にはこのナイフは大事なものだから
傷付いても 誰かを泣かせても
捨てられないだけ

研ぎ終って 本来の姿を取り戻したナイフを眺める
それをそっと 大事に懐にしまう
あんまり人を傷つけたくないから
振りかざすことは もうあんまりしないでおこう

いつも胸に在るこのナイフ
俺のプライド

あなたには捨てられないものが在りますか?


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