87.亜麻色(灰みの茶色)


昔、地上にひとりの天使がいた…

その天使は神に追放されて地上に降り立った
天上にある時、美しい金色をしていた天使の髪は
地上に降りるとともに、人にちかい亜麻色に変わってしまった
天使はそれを嘆いたが、羽根も剣も力も元通りに残っていたことに救いを感じた

「けれど神は、私を見放されたのだ」

天使が追放されたのは、地上の争いに介入したせいだった
争いに日々を暮す人々を見ていられなかったのだ
正しきものがくじかれ、弱きものが痛めつけられるのを見ていられなかったのだ
しかし、天上に住まうものにとってそれは犯してはならない掟だった

地上に堕とされた天使は、どこへも行けるところなどなかった
天使は人々の争いを見、心を痛めてはその剣と力をもって
味方した人々に勝利を与えた
天使が現れる戦に負け戦は一つもなく、天使は勝利の女神と呼ばれるようになった

天使は自分を追放した神を恨めしくも悲しく思っていた
それを忘れるように戦いに明け暮れた
長い長い時間、数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの勝利を天使は与え
同時に敗北を残してきた

しかし、やがて天使は気づき始めた、天使は争いに介入することでしか
己の存在を保てなくなっていることに
地上の争いは止まない、天使も介入をやめない
そして天使によって勝利がもたらされれば、人はまた争いを産む
それを知ってようやく天使は気づいた

「神は、こうなることを知っていて、地上の争いへの介入を禁じたのだ。
私を堕としたもの、このことを知らしめるが故だったのだ」

天使が望んだのは争いが無くなることだった
天使が地上で存在理由を保つためには争いがなければならない
激しい矛盾を天使は解決することが出来なかった

やがて人々は見つける
ひとりぼっちの亜麻色の髪の天使が
自らの胸に剣を突き立てたまま息絶えている姿を



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