設定:恋人同士
男性の名前:友弘
女性の名前:炯

僕の恋人はずいぶんと気分屋だ

鬱になっていると
黙り込んで
下手に声をかけると
ものすごく不機嫌そうにしている
かといって
完全に放っておかれるのは嫌ならしい

今はと言うと
プリントしたクレーンの写真を
嬉しそうに眺めている

機嫌は良さそうだ

僕はパソコンを立ち上げたついでに
明日締め切りの書類を作る
あらかた出来上がっていて
小一時間もあれば仕上がるだろう

仕事を始めた僕に炯が問いかけてくる
ちょっと 難しい顔をしていた

「オシゴト?」

「うん、明日までなんだ」

「時間かかるの?」

「一時間くらいかな」

ぱっと 彼女の顔が明るくなる

「じゃあ、間に合うね」

僕は首を傾げた
いったい 何に間に合うのか?

尋ねようとしたが彼女の言葉の方がが早かった
微笑んでいる
だいぶ機嫌が良いようだ

「ここにいたら、邪魔?」

「ううん、静かにしてるなら」

「本、読んでても?」

「いいよ」

かばんから文庫本を取り出し
ソファにもたれて 炯は読みはじめる
僕も彼女に背を向けて仕事に取りかかった

同じリビングの
ソファとデスク
互いに背を向けて
僕は仕事 彼女は読書

キーボードを打つ音
本のページをめくる音

+

一時間後

+

仕事は一応終了 もう一度見直して
それで書類は完成
大きく伸びをして 欠伸をひとつ
すこし 肩が凝ったし 眠気もする
暖かい午後

椅子に座ったまま振り返ると
ソファに居たはずの
彼女の姿がなかった
不思議に思い 呼んでみる

「炯?」

返事もない

けれど
ソファに近付いて謎が解けた
本を手にしたまま 横倒しになって
炯は眠っていたのだ
午後の陽気に負けたのだろう
寝顔を覗き込む
あまりに気持ち良さそうなので
声をかけるのが躊躇われた
でも さっきの一言が気にもなる
もう一度 声をかける

「炯」

すっと 薄目を開いて
それからぱっと目を開いた
驚いたような仕草

「…ねちゃってたー…、いま、なんじ?」

目を擦りながら起き上がり
寝ぼけた様子のまま聞いてくる

「三時だよ」

「じゃ、早く出かけよう」

「どこに?」

「かいもの。夕飯の買い物、あるって言ってたでしょ?」

言ったかどうか忘れたが
確かに食材は乏しくなっている
休日のうちに買い出した方が良いだろう
しかし もう少しあとで出かけても良いようなものだ

「今すぐじゃないといけないの?」

「うん」

「どうして?」

「夕方から、雨になる。だから、早めに行こうよ」

窓の外を眺める
青空には 雲はないわけではなかったが
雨が降る気配もない
もうすこし仕事をして
書類を完成させてから出かけても
遅くないような気がした

そう告げると
彼女はがっかりしたようだ
「もう帰るね」と本をかばんにしまった

「雨が降る前に、買い物していかなきゃ」

笑って 玄関に向かう
機嫌を損ねたわけでもないらしい
ただ 雨にはこだわっているようだった
水曜の夜にまた会う約束をすると
「雨が降らなければ」なんて言っている
手を振って その姿が玄関のドアの向こうに消えた

そのあと

書類を完成させて 夕方
買い物に出かけようとすると
ぱらぱらと雨が降ってきた

+

水曜は 是非とも晴れて欲しいもの

end