81.瑪瑙(アガット、濃い赤みのオレンジ)
気配もなく 音もなく じわじわと 内側から 侵食される
ねえ、もう… 止めることも出来ない 声にもならない
じわり 広がる これは 痛み…? それとも ……
壊したかった 守りたかった 忘れたかった 忘れたくなかった 触れたくなかった 触りたかった
矛盾の中に 産まれた揺らぎ 耐えることが出来なかった から
蝕まれることさえ 自分で望んだのかも知れない
でも 人は都合の良い生き物だから 過去のことなんて 如何様にもねじ曲げてしまえるんだね
恋になり損ねた恋に まだ捕われているのかも知れないと思った瞬間
心の内側に広がった 苦い苦い感情 色に喩えるなら茶褐色 どろっとしてじわじわと広がる
想像してごらんよ 吐き気がするだろう?
出会ってしまった
駅 帰路に着く人たちの波間に 見覚えのある顔
自分の表情が凍り付くのが分かった
他人のそら似だ こんなところに 彼がいるはずがない
目を逸らして 電車が来るのを待つ
でも 意識は引きずられている 他人のそら似でさえ無視出来ないなんて
未練
そう 未練そのもの
手を出さなければよかった ずっとこんな思いを抱えるぐらいなら
苦い苦い それでも
葬りたかったのは 格好わるい自分の方で
けれど それに気づいたのはずっとあとのこと
あの時 心を占めたのは 激しい怒り
ぶざまな自分に対しての
バラバラに 砕いて 踏みにじって 破壊して 砕いて 砕いて 砕いて
塵に還しても それでも そんなものでは足りない
そう思った
何も感じないように… 彼が触れた身体も 揺らいだ魂も 惹かれた心も ゼンブ 亡きものにしてやりたい
粉々にして それで消してしまえるものならどんなにいいだろうか
チリチリ チリチリ
焦げているのは煙草?それとも…
笑い声が響く
ぶざまな自分をあざ笑う声を聞く
波紋のように広がる
耳を塞いでもまだ聞こえる 内側から響く声
もう 許してほしかった 許してあげたかった
怒りも 未練も
自分の中の世界だけに存在するなら
蝕まれることさえ 自分で望んだのかも知れない… …
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