76.赤銅色


なんか 妙な男の子と知り合いになった
まあ 男の子と言っても私よりひとつ年下なだけだが

名前はダイスケ
街で人を待っていた時に声をかけられたのだ
否 声をかけたと言うより
私の目の前で ゆうに20秒 何もしないで固まっていた
どこかで見た風貌だと思ったが その時は思い出せなかった
何か用かと尋ねると ずいぶん慌てて

「えっと、あの、きれいな顔だね」

と 笑って言う
きれいな顔って 美人ですねと言うなら分かるが
言葉遣いを知らんのか
でも その時は何故か 笑えてしまった

そうすると 安心したような顔をしたダイスケは
その辺でお茶でも飲まないかと ベタに誘ってきた

ちょうど待ち合せをしていた人間が
小一時間ほど遅れると ふざけた連絡を送ってきたところだった

そう ダイスケが話し掛けてくるまで
私の機嫌はずいぶんと悪かったのだ
昼頃急に電話をかけてきて「会えないかな」と言ったのは向こうで
こっちはやりかけの課題を急いで仕上げてきたと言うのに
挙げ句一時間の遅刻とは 全く割に合わない

なのに 頭の悪そうな男が声をかけてきて
それで機嫌を直しているとは…
たぶんダイスケが
彼なりに言葉を選んでコミュニケーションをはかろうとしている様子が
まるで構ってもらおうと必死な子犬のようで
おかしかったからだろう

二つ返事で誘いに乗って 近くの喫茶店に入った
目の前の男はペラペラと良くしゃべる 自分のことばかり
大学四年生で卒業単位がギリギリなこと
口煩い妹の愚痴 友達の結婚話
それから今年の夏はサーフィンにハマってずっと海にいたこと
半そでのシャツから見える腕は日に焼けていた
背も高いし 赤銅色に焼けた身体は逞しそうだし…
でも なぜだろう…ミニチュアダックスフンドを連想させるのは
短足と言うわけでもないのに 童顔と大きな黒い瞳のせいか?

こちらの気も知らず ダイスケはしゃべりまくっている
とりあえず笑って聞いていたが 不意におしゃべりをやめた
自分ばかりしゃべっていることに ようやく気付いたようだった
話を聞くのは好きだから気にするなと言うと

「俺、だめだなー。話聞いてられない、すぐ茶々いれたくなる」

そんなタイプだな 周りの空気が読めないやつ
はっきり言ってやろうと思ったが やめた

時計を見る もうすぐ約束の時間だった
あっという間に時間が過ぎていたようだ

お茶代は割り勘にした おごってもらうのは あまり好きではない
いいのにーとダイスケは言ったが とりあえず笑って無視
じゃあ と言って別れると

「またねー」

とダイスケは ほんの少し寂しそうに手を振る
なんだか かわいいやつだと思ってしまう
振り向かずに手だけ振って 口の中でまたねと呟く自分が
何より妙に思えたけれど

another side →24.鳶色

60.インディゴに続く



※無断転用・転載を禁じます。